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2014年7月21日 (月)

善知鳥

大阪府立文化情報センターにいたころ、講座で何度かお世話になった、TTR能プロジェクトの2014年公演の案内をいただき、久しぶりに大阪能楽会館に行ってきた。毎年、案内をいただきながら、他の予定と重なることが多く、行けないことが多く、残念だったので、今年は、かなり前から日程をあけておいた。

ひとつには、今年の演目の「善知鳥」を一度見たかったからだ。能楽の世界では古典的な存在で、よく知られているようだが、私はまだ観たことがなかった。善知鳥という題名も、実は鳥の名前で、「うとう」と読むことも今回の公演で初めて知った。善知鳥は、藤原定家の歌にも詠まれている鳥の名前で、親子の情愛が深く、親が「ウトウ」と呼ぶと、子は「ヤスカタ」と答え、砂地に設けられた巣から這い出て姿を現す見せるらしい。その習性を利用して、親鳥の鳴きまねをして子鳥を撃ち殺し続けてきた猟師が、生前の殺生の因果で地獄に落ち、愛するわが子に会いたくても会えない永遠の責め苦を負わされれる。その漁師の亡霊がこの演目の主人公で、旅の僧が、立山でこの猟師の亡霊に出会い、妻子を訪ねて蓑笠を手向けてほしいと頼む。その願いを聞き入れて、僧が外の浜にいる妻子を訪ね、蓑笠を手向けて弔うと、猟師の霊が現れ、生前の殺生の業を再現し、死後の地獄の責め苦のつらさを訴え、僧に救いを求める。

猟師がウトウの子を殺すのは、生きるための仕事であり、妻子を養うためである。哀しい業であるはずが、いつのまにか、人間の潜在的な残虐性に支配され、次第に罪悪感を忘れ、鳥を殺すことに快感さえ覚えるようになってくく猟師の姿はあまりにも哀しい。

今回の主役である猟師の亡霊を演じたのは大槻文蔵さんだ。舞台の終わり近く、杖をふるって鳥を捕る様を再現してみせる場面は鬼気迫る迫力があり、哀しみと苦悩が体全体からあふれる熱演ぶりに圧倒された。

能の舞台には、よく〝幽玄〝という表現がよく使われるが、今回の舞台はまさにその極地ともいうべき不思議な雰囲気が全編に漂っていて圧倒された。現代の舞台と違って場面を表す大道具類は一切なく、ただ、舞と地謡の声、囃子の方の奏でる楽器の音色や響きで、すべてを表現する能の世界の奥深さを改めて思い知らされた。

TTR能プロジェクトのメンバー、小鼓の成田達志さん、大鼓の山本哲也さんの懐かしいお顔も客席から久しぶりに拝見して、懐かしかった。囃子方のおふたりが能楽の普及を目指してコンビを組み、能楽の啓発のために講座やライブ演奏などの活動を始められたのが平成14年。私が大阪府立文化情報センターに在任中には、「大阪文化再発見講座ー感じる能ー」というキャッチフレーズで、能楽と親しむための体験講座を開いていた。講座の最終回は舞台鑑賞になっていて、それに向けて、演目の一部を実際に謡ったり、小鼓や大鼓を演奏したりして、能楽に親しんでもらうのが目的だったが、「能楽が身近に感じられるようになった」、「楽器や謡の練習をしてから見る舞台はより親近感があり、能が身近に感じられた」などと受講生には好評だった。

あの頃も、最終の舞台公演はいつも大阪能楽堂だった、2階の畳敷きの桟敷に座って、舞台を見たこともあった。今回、久しぶりに訪れて、当時のことを懐かしく思い出した。

旅の僧を演じた福王茂十郎さん、笛の藤田六郎兵さんなど、おなじみの方たちが大勢出ておられたが、今回、感心したのは、猟師の子の役で、舞台が始まってすぐに猟師の妻を演じる人とともに登場して、最後までずっと舞台の裾に座ったままでいた子方の梅若利成さんの、じっと動かずに最後まで座り続けていた〝演技〝に感心した。

久しぶりに古典の素晴らしさを体感できた半日だった。

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