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2017年6月

2017年6月27日 (火)

消費者市民社会とは…

先日開かれた(公財)関西消費者協会の評議員会で、終了後の雑談の時間に一人の委員が、幼児向けの消費者教育について質問したのがきっかけで、今の日本の消費者教育のあり方について、さまざまな意見が飛び出した。

 

この日の評議員会では、平成28年度の協会の事業報告と会計報告についての審議が行われたのだが、事業報告の中に、自治体の依頼で作成した子ども向けの消費者教育用の教材づくりが挙げられていた。会議が終わった後で、質問したのは、オーストラリ国籍の女性委員で、「幼児向けの消費者教育の教材は、具体的にどんなものか」という質問だった。

 

幼児向けの教材は、かるたや双六形式など、遊びを通じて消費者問題に関心を持ってもらえるように考えられたものが多い。担当者から、そうした説明がされたが、彼女の質問の真意は少し違うところにあったようだ。その後の話から、オーストラリアでは、幼児向けの消費者教育は行われておらず、子どもに最初にまず行われるのは、ひとりの自立した市民になるための教育なのだという。彼女自身の子ども時代を振り返ってみても、幼稚園に入ると、まず、大勢の人の前で、自分の意見をはっきり主張することできるための訓練が行われたのを覚えているという。これはオーストラリアに限らず、欧米では一般的にまず、一人の自立した人間としての市民教育が行われるのが普通だが、、日本ではその視点が全くないのが不思議だという耳の痛い指摘だった。

 

5年前から施行されている「消費者教育推進法」が目指す¨消費者市民¨像とは、消費者を単なるサービスの受け手としてではなく、地球環境、エネルギー、資源問題など消費者をめぐるさまざまな社会問題にも広く目を向け、公正で持続可能な社会の発展に貢献できる選択や行動をとることが求められている。これも広い意味での市民教育につながると思うけれど、まずその基礎になる¨市民¨としての自覚が今の日本の子どもたちにあるかと聞かれれば、残念ながら、ノーと答えざるをえない。

 

特に学校教育の現場では、受験に関係ない消費者教育は、家庭科などの中で申訳程度に行われている程度で、勉強はできるが、身の回りのことはすべて母親任せ、自分の意見を聞かれても答えられない子供たちが多いし、その子がそのまま成長したような大人たちも多い。かつて、記者時代に、小学生のお小遣いの使い方の国際比較調査の結果を見て驚いたことを思い出した。日本の子どもたちは、お年玉などでたくさんお小遣いをもらうと、自分で使う以外は、すべて母親に預けて貯金してもらうという答えが多かったが、欧米では一般的に、お金の出し入れも小さいときから自分でできるようにしつけられ、お小遣いも、自分のために使うのは三分の1だけで、後は社会への寄付など、人のために使う分と将来のために蓄える貯金と、三等分して使うという子が多かった。これも、市民としての自覚の違いといえるだろう。

学校教育の中で、消費者教育がきちんと行われるようになれば、¨消費者市民¨は増えるはずだ。「学校側に、真剣にこの問題を考えてもらうには、高校や大学の受験科目に消費者問題を入れたらいいのではないか」----。別の男性委員が冗談混じりにこんな提案をしたが、意外にそれが名案かもしれないと思った。 

 

 

 

 

 

先日開かれた(公財)関西消費者協会の評議員会で、終了後の雑談の時間に一人の委員が、幼児向けの消費者教育について質問したのがきっかけで、今の日本の消費者居結衣クのあり方について、さまざまな意見が飛び出した。

 

 

 

この日の評議員会では、平成28年度の協会の事業報告と会計報告をもとに審議が行われていたのだが、事業報告の中で、大阪府と滋賀県の委託事業で、子ども向けの消費者教育のための教材づくりが挙げられていた。会議が終わった後で、質問したのは、オーストラリ国籍を持つ女性の委員で、「幼児向けの教材というのが、具体的にどんなものか」という質問だった。

 

 

 

担当者から、幼児向けの場合は、教材と言っても、かるたや双六など、子どもが遊びながら、消費者問題に関心を持ってもらえるようにするのがねらいだという説明がされたが、彼女の質問の真意は少し違うところにあったようだ。その後の話から、オーストラリアでは、幼児向けの消費者教育はなく、子どもに最初にまず行われるのは、ひとりの自立した市民になるための教育なのだという。彼女自身の子ども時代を振り返ってみても、幼稚園に入ると、まず、大勢の人の前で、自分の意見をはっきり主張することできるための訓練が行われたのを覚えているという。これはオーストラリアに限らず、欧米では一般的に、まず、一人の自立した人間としての市民教育が行われるのが普通だが、、日本ではその視点が全くないのが不思議だという耳の痛い指摘だった。

 

 

 

5年前から施行されている「消費者教育推進法」が目指す¨消費者市民¨像とは、消費者を単なるサービスの受け手としてではなく、地球環境、エネルギー、資源問題など消費者をめぐるさまざまな社会問題にも広く目を向け、公正で持続可能な社会の発展に貢献できる選択や行動をとることが求められている。これも広い意味での市民教育につながるとは思うけれど、まずその基礎になる¨市民¨としての自覚が今の日本の子どもたちにあるかと聞かれれば、残念ながら、ノーと答えざるをえない。

 

 

 

特に学校教育の現場では、受験に関係ない消費者教育は、家庭科などの中でわずかに行われている程度で、勉強はできるが、身の回りのことはずべて母親任せ、自分の意見を聞かれても答えられない今の子供たち。そういえば昔、、記者時代に、小学生のお小遣いの使い方の国際比較調査で驚いたことがある。日本の子どもたちは、お年玉などでたくさんお小遣いをもらうと、自分で使う以外は、すべて母親に預けて貯金してもらうという子が多かったが、欧米では、お金の出し入れも小さいときから自分でできるようにしつけられ、お小遣いも、自分のために使うのは三分の1だけで、後は、社会への寄付など、人のために使う分と、将来のために蓄える貯金と、三等分して使うという子が多かった。これも、市民としての自覚の違いといえるだろう。

 

 

 

学校教育の中で、消費者教育がきちんと行われるようになれば、¨消費者市民¨は増えるはずだ。「学校側に、真剣にこの問題を考えてもらうには、高校や大学の受験科目に消費者問題を入れたらいいのではないか」----。委員のひとりが冗談混じりにこんな提案をしたが、意外にそれが名案かもしれないと思った。

 

 

先日開かれた(公財)関西消費者協会の評議員会で、終了後の雑談の時間に一人の委員が、幼児向けの消費者教育について質問したのがきっかけで、今の日本の消費者居結衣クのあり方について、さまざまな意見が飛び出した。

 

 

 

この日の評議員会では、平成28年度の協会の事業報告と会計報告をもとに審議が行われていたのだが、事業報告の中で、大阪府と滋賀県の委託事業で、子ども向けの消費者教育のための教材づくりが挙げられていた。会議が終わった後で、質問したのは、オーストラリ国籍を持つ女性の委員で、「幼児向けの教材というのが、具体的にどんなものか」という質問だった。

 

 

 

担当者から、幼児向けの場合は、教材と言っても、かるたや双六など、子どもが遊びながら、消費者問題に関心を持ってもらえるようにするのがねらいだという説明がされたが、彼女の質問の真意は少し違うところにあったようだ。その後の話から、オーストラリアでは、幼児向けの消費者教育はなく、子どもに最初にまず行われるのは、ひとりの自立した市民になるための教育なのだという。彼女自身の子ども時代を振り返ってみても、幼稚園に入ると、まず、大勢の人の前で、自分の意見をはっきり主張することできるための訓練が行われたのを覚えているという。これはオーストラリアに限らず、欧米では一般的に、まず、一人の自立した人間としての市民教育が行われるのが普通だが、、日本ではその視点が全くないのが不思議だという耳の痛い指摘だった。

 

 

 

5年前から施行されている「消費者教育推進法」が目指す¨消費者市民¨像とは、消費者を単なるサービスの受け手としてではなく、地球環境、エネルギー、資源問題など消費者をめぐるさまざまな社会問題にも広く目を向け、公正で持続可能な社会の発展に貢献できる選択や行動をとることが求められている。これも広い意味での市民教育につながるとは思うけれど、まずその基礎になる¨市民¨としての自覚が今の日本の子どもたちにあるかと聞かれれば、残念ながら、ノーと答えざるをえない。

 

 

 

特に学校教育の現場では、受験に関係ない消費者教育は、家庭科などの中でわずかに行われている程度で、勉強はできるが、身の回りのことはずべて母親任せ、自分の意見を聞かれても答えられない今の子供たち。そういえば昔、、記者時代に、小学生のお小遣いの使い方の国際比較調査で驚いたことがある。日本の子どもたちは、お年玉などでたくさんお小遣いをもらうと、自分で使う以外は、すべて母親に預けて貯金してもらうという子が多かったが、欧米では、お金の出し入れも小さいときから自分でできるようにしつけられ、お小遣いも、自分のために使うのは三分の1だけで、後は、社会への寄付など、人のために使う分と、将来のために蓄える貯金と、三等分して使うという子が多かった。これも、市民としての自覚の違いといえるだろう。

 

 

 

学校教育の中で、消費者教育がきちんと行われるようになれば、¨消費者市民¨は増えるはずだ。「学校側に、真剣にこの問題を考えてもらうには、高校や大学の受験科目に消費者問題を入れたらいいのではないか」----。委員のひとりが冗談混じりにこんな提案をしたが、意外にそれが名案かもしれないと思った。

 

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