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2018年11月27日 (火)

旧三日月藩の武家屋敷

連休を利用して、兵庫県佐用町に行っていました。ここは、私の父方の郷里で、今は空き家になっている家は、古い武家屋敷のつくりです。ご先祖様が、旧三日月藩の藩士として、津山からこの地に移り住み、幕末最後の藩士になる曽祖父が、維新後もこの地にとどまり、県会議員などをつとめていた関係で、江戸末期に一度改築された家は、ご近所に数軒だけ残っている屋敷の中では比較的いい保存状態で残されています。

年に数回しか帰省できないため、私の代でどこまで維持管理できるか自信はありませんが、陣屋を中心に作られた、旧三日月藩の面影が残るこの地域の雰囲気を後世に伝えるためにも、何とかこの地域の景観を守っていきたいと思っています。

今回、帰省したのは、ハクビシンだかアライグマだか、何か動物が、最近、この地域を荒らしていて、わが家の表門の板が破られたという連絡を受け、地元の業者にお願いして急いで修繕していただき、獣の方は、地元の漁師さんにわなをしかけていただくなどしたので、その成果を見るためでした。動物は結局、つかまりませんでしたが、家の中を荒らされた様子はなかったので、まずは一安心。でも、以前、タヌキが家の中に入り込んでいたこともあり、動物の被害はその後も地域内で続いているようなので、またいつ荒らされないとも限りません。

わが家が建っている通りは、4軒の武家屋敷の白壁が続いていて、なかなかいい景観ですが、現在人が住んでいるのは1軒だけです。わが家の左隣の家は、荒れるがままになっていて、かろうじて外観を保っていた門も、今や崩壊寸前で、危険な状態になっています。

今のままでは、せっかく、田んぼの中にわずか数軒残る武家屋敷が立ち並ぶ景観は早晩失われてしまうでしょう。たまたま、昨年春に、昔の城下町の表門が戻ってくる話があり、それに合わせて、地元で「武家屋敷マルシェ」という名前の催しが始まり、陣屋を中心にしたまちあるきツアーや地元で見つかった古文書の解読の講演などの催しが開催されるようになり、その日はわが家も開放して、古文書類を見てもらうなど協力しています。

でも、今回のように、これからも度々、家の修繕や改築などが必要になるでしょうし、隣家のように放置したままでは滅びてしまう家も多く、今野景観を遺すにはどうすればいいか、真剣に考えなければならないと思っています。町も、催しの時の協力や古文書の保管などには協力的ですが、武家屋敷を個人に代わって維持管理してくれるだけの財源はないようで、この先、どうすればいいか、頭が痛い問題です。

この様な武家屋敷が残されているのは、全国でもごくわずかと聞いています。この地区の景観保存に関心を持って、協力してもらえる方なり団体なりがあれば、いいのですが。

私たちももういいトシなので、いつまで帰省できるかも自信がなく、頭が痛い問題です。

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